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日本企業のジェンダー平等に向けた取り組みの現在

2030年までに女性取締役30%以上が目標 日本企業のジェンダー平等に向けた取り組みの現在

2023年10月13日
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2023年6月に岸田内閣が決定した 「女性版骨太の方針」 で、 東証プライム上場企業には、 2030年までに女性取締役比率を30%以上とすることが要請されました。 男女格差の存在が指摘される日本において、 国をあげてジェンダー平等の取り組みが進められていますが、 現状はどうなのか。 また、 こうした取り組みを市場はどう評価しているのか。 企業のESGの取り組みに詳しい野村證券の若生寿一アナリストにお聞きしました。

若生 寿一

若生 寿一
Juichi Wako
野村證券 エクイティ・リサーチ部

2030年までに30%達成はなかなか難しい

――企業のジェンダー平等、 多様性確保に向けた取り組みの強化が叫ばれていますが、 実際の企業の取り組み具合、現状をどのように捉えていますか。

若生 まず、 「ジェンダー平等」 と 「多様性確保」 という言葉は、 つながっている面もありながら、 実は別のことを説明しているということでもあるとご理解ください。企業におけるジェンダー平等は、 男女分け隔てなく同一労働、 同一賃金で処遇しましょうという話で、 女性をより戦力化して人手不足を補いつつ、 女性の活躍によって業績を高め、 企業の価値を上げていきましょうということです。

 一方、 企業経営において、 多様性の確保がなぜ必要かというと、 均質な組織は環境の変化に弱いとされているからです。 マーケットの環境が変わるなど、何かが起きた時、 組織として柔軟に対応できるように耐久性を高めておきましょうというのが、 多様性確保という話です。 機関投資家が取締役の多様性を要求するのも、 そうした理由からです。

 そのうえで、 2030年までにプライム企業の女性取締役の比率を30%まで引き上げるという取り組みに関していいますと、 TOPIX500対象銘柄における2023年度の女性取締役比率は、 中央値 (メジアン) が約13%でした 〔図表1〕 。 これをあと7年間で30%まで引き上げていくわけです。 東証プライム上場の企業はこの取り組みを本格化させていますが、 数字を見る限りは、 なかなか難しいというのが現状です。

女性取締役が増えることは良いことなのか

――女性取締役が増えることは、 本当に企業にとって良いことなのか。 この点について、 投資家はどのように考えているのですか。 また、 市場はどう評価しているのでしょうか。

若生 2023年に関しては、 女性取締役を増やした企業の株価パフォーマンスは市場平均 (TOPIX500) に比べて良好でした 〔図表2〕 。 「女性取締役の増加=多様性の向上」 ということで、 市場からは評価された形になっています。 ただ、 女性取締役を増やせば本当に企業の売上高は増えるのか、 企業価値が向上するのか、 ということは実は誰にもわかりません。 ですが、 多様性が進展したことによって、 レジリエントな (柔軟性のある) 組織になった、 環境変化の際に成長機会を見つけやすい企業になったという見方ができるわけですね。

 女性取締役を30%以上に引き上げましょうという取り組みは、 日本だけで行われていることではなく、 すでに世界のさまざまな国や地域で、 「30%Club」 という活動が展開されています。 なぜ30%なのかといいますと、 集団のなかで少数派の存在が無視できなくなる分岐点が30%といわれているからです。 この分岐点のことを、 マーケティング用語で 「クリティカルマス (Critical Mass)」 といいます。

 現状は、 クリティカルマスを目指して女性取締役を増やしていき、 それを一定程度評価しましょうという段階です。 今後は折に触れて、女性取締役比率が30%になった、 ならないで騒がれることになりそうですが、 2030年というのはひとつの区切りにすぎないので、 最終的にはその先を見る必要があると思います。


 

――実際は、 女性取締役を増やすというより、 社内の女性をどう活用していくかという方向性の話だと。

若生 そうですね、 それがおそらく、 長い目で見た時の女性活躍にもつながっていくのだと思います。 現状は女性取締役の適切な候補者が少ないので、 さまざまな経歴を持つ社外の方の登用例も多いのですが、 やっぱり最後は会社の内部から上がっていく人を増やさなければなりませんから、 企業の人材戦略とも密接に関係してきます。

 日立製作所 [6501] は、 次代のリーダーを社内で育成する取り組みを行っているそうです。 そうしたプログラムを進めていく中で、 自然とグローバルベースで女性のマネジメント比率が上がってきています。 そして、 その延長線上で女性のボードメンバーの比率も上がる可能性が高くなってくる。 サステナブルな形で、 女性が活躍しながらプロモートされるというシステムができてきているということです。 このように、 長期の視点でリーダー育成を仕組み化しましょうという取り組みが起きています。

 また、 女性が少ないといわれている業界では、 人手不足解消のためにも、 今後は多数の女性に入社してもらい、 長く働いてほしいと考えているはず。 となれば、 企業のほうも働き方改革を進めなくてはいけなくなります。 と同時に、 企業の中での議論として、 それまで暗黙の了解でやってきたノウハウ伝承を、 文章化する必要性が認識されるようになったそうです。 「わかるだろ、 お前」 という世界だったのが、 文字に起こさないと伝わらなくなり、 それによってノウハウが以前よりもきちんと共有され、 組織として、 持っているものを増やそうという意識になってきたという話です。 こうした例も、 良い効果のひとつになるだろうなと思います。




 

しっかり利益を出しているかを確認する

――今後、 個人投資家が各企業の取り組みを投資判断に取り込む際、 どのようなポイントに着目すべきでしょうか?

若生 現時点の女性取締役比率といった瞬間だけを切り取るのではなく、 「変化」 を見るべきです。 例えば3年ぐらいのレンジで、 少しずつでも着実に増えているということになれば、 女性が活躍できる環境が整備されてきているといえるでしょう。 とはいえ、 最終的にはしっかり利益を出しているかを確認する必要があるでしょう。 どちらが優先かといえば、 やはり利益の見通しが出せていることです。 そこに女性の力が入っている、 多様性が向上した力が入っているのであれば、 プラスアルファで考えておけばいいということだと思います。

――各社の女性取締役比率が30%を超えたら、 男女格差があるなどといわれなくなりますか。

若生 それは、 私もわからないですね。 日本の場合は男女格差が主に問題となっていますが、 海外の場合は人種問題が加わってきます。 ただ、 ジェンダーの話にしても人権の話にしても、 本質は同じです。 さまざまな立場の意見を代表する人がいて、 その声を企業のトップなり取締役会なりが吸い上げて経営に活かしていけるという話になれば、 多少の環境変化があっても会社は対応できるということになります。 また、 それによってアンテナの感度が高くなって、次の成長機会がどこにあるのか、 新商品の種がどこにあるのかが見つけやすくなったり、 見つけてからの意思決定が早くなったりということが期待できます。

 社長の才覚ひとつであっちに行ったりこっちに行ったり、 というのも悪くはないのですが、 それでは組織として引き継ぐことはできません。 そうすると後継者の話になり、 人材戦略の話になってきます。 結局、 いろいろなものの根っこは一緒だということです。


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