日本ゼオンは1950年に誕生した。 100年企業があまた存在する化学業界において、 その歴史は特別長いものではない。 しかし同社の設立には、 戦後の復興から高度成長へ、 化学の無限の可能性に賭けた先人たちの希望と決意が託されていた。 日本ゼオンの71年は、 化学の可能性を一つひとつ 「かたち」 に変えていった挑戦の歴史である。
設立から70余年を経ても古びない和文社名
日本ゼオンという社名を聞いて、あなたは何を想起するだろうか。一般的なビジネスパーソンなら、合成ゴムや光学フィルムなどに強みを持つ化学会社だと思うだろうし、化学業界や株式市場に詳しい人なら、カーボンナノチューブや次世代電池材料などの先端製品を手掛ける独創企業だと認識しているかもしれない。しかし、多くの人は「ゼオン」が何を意味するかは、おそらくご存じないはずだ。ゼオンとはギリシャ語の「大地(Geo)」と「永遠(Eon)」を組み合わせた造語である。
日本ゼオンは1950年の会社設立から現在まで社名(和文社名)が全く変わっていない稀有な企業だ。多くの会社は、時代の変遷に応じて社名を変更していく。ある会社はビジネスポートフォリオの改編によって業態と社名が一致しなくなり、ある会社は〇〇金属工業といった、やや前時代的で説明的な社名を嫌ってカタカナやアルファベットの社名に変えてしまう。パナソニックのように、ブランド名が国際的に浸透したことを受けて、そのまま社名に展開する例もある。さらに経営統合やM&Aなどによって社名変更を余儀なくされるケースも枚挙にいとまがない。半世紀以上の歴史を持つ伝統ある企業で、これまで一度も社名変更を経験していない企業はごく少数だろう。
日本ゼオンが71年にわたってその社名を守ってきたこと、それは言い換えれば、創業時に決定された社名が数十年の時を経ても全く古びないほど普遍性を持ったネーミングだったということだ。また、日本ゼオンの歴代の経営者や従業員が、その社名に誇りを持ち、社名が象徴する企業理念や将来ビジョンを連綿と継承してきたという事実も意味している。
塩化ビニル樹脂の国産化に向け 1950年、日本ゼオンが誕生
日本ゼオン株式会社が産声を上げた1950年は、日本が戦後の復興から高度経済成長へ軸足を移す、その移行期であった。同時に、欧米諸国との国交途絶に伴って長い停滞期を余儀なくされた日本の化学産業がようやく再生への道を歩み始めた頃でもある。1949年、政府が策定した「合成樹脂5カ年計画」を受けて、多くの企業が塩化ビニル樹脂事業に参入した。
日本ゼオンの母体となる古河系3社のうち横浜ゴムは、合成ゴムの自動車タイヤを米国市場に初めて投入したB.F.グッドリッチ・ケミカル社との提携を模索し、日本軽金属は塩化ビニル樹脂の研究開発を本格化させている。戦前から電線の被覆材料として塩化ビニル樹脂の加工研究を進めてきた古河電気工業は、1950年代には合成樹脂を使用した絶縁ケーブルの製造技術を欧米から導入し、塩化ビニル樹脂の国産化を需要面から支えることになる。
この時期、特に注目されるのが古河系3社と米国グッドリッチ社の連携である。グッドリッチ社は19世紀末、米国で初めて自動車用空気入りタイヤを発売した歴史ある企業で、その化学部門を牽引していたのがB.F.グッドリッチ・ケミカル社であった。同社の塩化ビニル樹脂に対する市場の評価はきわめて高く、古河系3社はB.F.グッドリッチ・ケミカル社からの技術供与を前提とする新たな企業の創設を計画。1950年4月、新会社として日本ゼオン株式会社が誕生した。社名はグッドリッチ社の塩化ビニル樹脂の商標GEONから採って「日本ゼオン」とした。冒頭でも述べたように、ギリシャ語でGeoは大地、Eonは永遠を意味し、その合成語であるゼオンには独創的な製品・サービスの提供を通じて、持続可能な地球と安心で快適な人々の暮らしに貢献していくという創業の志が託されている。

1959年、日本で初めて合成ゴムの生産を開始
高品質な製品はもとより、加工業界に対するテクニカルサービスの提供、適正な価格政策といった時代を先取りする経営施策も奏功し、日本ゼオンは新聞紙上に「ゼオン旋風」と書かれるほどの好調なスタートを切った。
1952年に蒲原工場を完成させたのに続き、業容の拡大に合わせて56年に高岡工場を完成。さらに59年には、完工したばかりの川崎工場において日本で初めて合成ゴム(ニトリルゴム)の生産を開始。また、川崎工場の隣接地に中央研究所を建設して、成長の原動力である研究開発の体制を整えた。
1960年代から1970年代にかけては、日本ゼオンが順調に事業を拡大する「急成長」の時代である。61年には、会社設立後わずか11年で東京証券取引所に上場。それ以降も、徳山工場において独自のブタジエン抽出技術を使用したSBR(スチレンブタジエンゴム)やBR(ブタジエンゴム)の生産を開始し、水島工場においてはC5モノマーの有効成分を抽出する独自技術を駆使したIR(イソプレンゴム)を生産開始。また、初の海外現地法人であるニッポン・ゼオン・オブ・アメリカ社を設立するなど、わが国有数の化学企業を目指して着実に地歩を固めていく。
世界市場へのアプローチも本格化した。日本ゼオンは現在、海外売上高比率が50%を超えるグローバル企業に成長しているが、その礎は1960年代に塩化ビニル樹脂や合成ゴムの輸出という形で築かれた。日本企業と米国企業の協働から生まれた日本ゼオンにとって、海外市場への注力は至極当然の流れだったといえるだろう。
なお、1971年には、前年にB.F.グッドリッチ・ケミカル社が日本ゼオン株をすべて日本側に譲渡したことを受けて、英文社名の表記を従来のGeonからZeonへと変更している。

独創の先進技術を基盤に、画期的な新製品を市場投入
1980年代は、新たな事業領域の開拓に取り組み、ポートフォリオの多角化を推し進めた「変革と多様化」の時代である。
経営環境を見ると、第1次と第2次の2つの石油ショックを端緒に日本の産業界では、省資源、省エネルギーの必要性が強く意識されるようになり、特に製造業は汎用品から高付加価値品へのシフト、生産活動の現地化(グローバル化)といった新たな課題に直面することになる。日本ゼオンでも塩化ビニル樹脂の採算が悪化して抜本的な構造改革が求められるなど、変動する外部環境に的確に対応していくことが強く要請されるようになった。
しかし、こうした時代の変化は日本ゼオンにとって、ある意味追い風ではなかったか。日本ゼオンはもともと、わが国の化学産業の勃興期に誕生した、独創技術を成長エンジンとする企業だ。技術者個々人の苦労は別にして、時代が求める新たな技術や製品を創造していくことはゼオングループにとって決して困難なことではなかったはずだ。実際、1980年代から1990年代にかけて、日本ゼオンは経済産業の発展と人々の豊かな暮らしに貢献する画期的な製品・サービスを次々に創出していく。紙幅の関係でそのすべてを紹介することはできないが、一例を挙げておくと、84年に水素化ニトリルゴム「ゼットポール(Zetpol®)」、85年に熱可塑性エラストマーSIS、86年に重合法トナー、90年にシクロオレフィンポリマー「ゼオネックス(ZEONEX®)」、98年にシクロオレフィンポリマー「ゼオノア(ZEONOR®)」を市場投入─その量と質がゼオングループの技術開発力の高さを物語る。


基幹製品の海外展開と拠点開設 本邦屈指のグローバル企業へ
1990年代の初頭、世界は激動の渦の中にあった。91年のソ連崩壊による東西冷戦の終結、92年の欧州連合(EU)の発足と北米自由貿易協定(NAFTA)の発効など、政治経済の従来の枠組みが根底から変化し、人、モノ、資金が国境を越えて移動する経済産業のボーダーレス化が急速に進展した。日本では91年にバブル経済が崩壊し、長期の停滞に突入していく。こうした情勢のもと、日本ゼオンは卓越した独創技術を基盤として事業領域のさらなる拡大に努めるとともに、世界各地に生産・販売の拠点を整備し、グローバル企業としての地歩を固めていく。「ゼットポール」を中核製品とする特殊ゴムの日・米・欧3極体制の確立に注力するとともに、アジアにおける事業基盤の拡充にも積極的に取り組んでいく。他方、2000年には採算が悪化していた塩化ビニル事業から撤退し、収益体質の一層の強化を図った。
21世紀におけるゼオングループの歩みは、もはや多くを語る必要はないだろう。ゴム事業、化成品事業、ラテックス事業の海外展開を一段と加速させるとともに、中国、シンガポール、韓国、インドなどに陸続と海外拠点を新設し、グローバルな事業基盤の拡充に邁進していった。特に、2013年にシンガポールで生産を開始した溶液重合SBRは、低燃費タイヤの材料として注目され、世界市場で確固たる地位を築いている。
イノベーションにおいても目覚ましい成果をあげている。例えば、日本ゼオンの独自技術の結晶ともいえる光学フィルム「ゼオノアフィルム(ZeonorFilm®)」は、テレビやスマートフォンなどのディスプレーにさまざまな光学特性を付与する部材として圧倒的な支持を得ている。
また、リチウムイオン電池に使われる電池バインダーは、リチウムイオン電池の高容量や長寿命、安全性など、各性能の向上に寄与する素材として伸びている。これらの製品は、現在のみならず、これからの日本ゼオンの主軸を担う事業として、開発と市場浸透にも成功している。
事業面だけでなく、経営体制面の進化も見逃せない。各生産拠点において生産革新の取り組みを実行する一方、コーポレートガバナンスの強化、CSR経営の推進、風土改革など、さまざまな施策を遂行して持続可能な企業グループの創成に努めている。


大地の永遠を謳う理念のもと、持続可能な社会の実現に貢献
2015年に国連サミットでSDGs(持続可能な開発目標)が採択されて以降、社会課題の解決に向けた取り組みが企業に強く求められるようになった。日本企業でも中長期ビジョンや中期経営計画にSDGsへの対応を盛り込むケースが増えてきた。日本ゼオンでも、2030年に目指す姿(方向性)のひとつに「持続可能な社会に貢献し続ける」を掲げている。
しかし、日本ゼオンのSDGsへの対応は、時流に乗った一過性の取り組みではない。創業以来、日本ゼオンは「大地の永遠と人類の繁栄に貢献する」を企業理念=使命として、市場を変革・創造し、暮らしの在り方を変える新技術、新製品を開発してきた。
また、「2030年のビジョン」に「社員の意欲に応える」という文言を入れたように、顧客、取引先、株主だけでなく、社員や地域社会を含めたすべてのステークホルダーに、日本ゼオンならではの価値を提供していくことを目標としている。日本ゼオンにとって社会課題の解決に貢献していくことは、DNAに組み込まれた使命そのものなのだ。
2021年4月、新たな中期経営計画を始動させたゼオングループ─。社名に託された創業の思いは、70年余の軌跡を経て、今、次の時代へ引き継がれようとしている。

企業の沿革
History of Zeon Corporation
●1950年
古河電気工業、横浜ゴム、日本軽金属の古河系3社の共同出資により、米国B・F・グッドリッチ・ケミカル社との提携による塩化ビニル樹脂製造技術の導入を前提として「日本ゼオン」を設立。本社を東京都中央区銀座西7丁目の日本軽金属内に置く

●1952年
蒲原工場(静岡県)が完成し、日本で初めて塩化ビニル樹脂の量産を開始

●1956年
高岡工場(富山県)が完成し、塩化ビニル樹脂の生産を開始

●1959年
川崎工場(神奈川県)が完成し、日本で初めて合成ゴム(ニトリルゴム)の生産を開始
●1961年
9月、東京証券取引所に株式を上場、10月には大阪、名古屋にも上場
●1965年
本社を東京都千代田区丸の内に移転。また、徳山工場(山口県)が完成し、GPB法(自社技術によるブタジエン抽出技術)によるブタジエンおよびスチレンブタジエンゴム(SBR)の生産を開始

●1967年
蒲原工場を閉鎖
●1969年
水島工場(岡山県)が完成し、塩化ビニル樹脂の生産を開始
●1970年
B.F.グッドリッチ・ケミカル社が事業の中核を塩化ビニル樹脂事業にシフトするのに伴い、特殊合成ゴム事業を譲り受け、資本提携も解消
●1971年
英文社名をGeonからZeonに変更。また、水島工場においてGPI法(自社技術によるイソプレン抽出技術)によるイソプレンおよびIRの生産を開始
●1973年
C5石油樹脂の生産を水島工場で開始
●1984年
水素化ニトリルゴム「ゼットポール」の生産を高岡工場で開始

●1985年
熱可塑性エラストマーSISの生産を水島工場で開始
●1989年
英国BPケミカルズ社のNBR事業を買収。10月、B.F.グッドリッチ・ケミカル社のNBR(ニトリルゴム)、ACM(アクリルゴム)事業を買収
●1990年
シクロオレフィンポリマー「ゼオネックス」を水島工場で生産開始

●1991年
NBR手袋用ラテックスを上市
●1998年
フッ素系溶剤・エッチングガス「ゼオローラ」を高岡工場にて生産開始
●1999年
リチウムイオン電池バインダーを上市
●2000年
水島工場での塩化ビニル樹脂生産を打ち切り、創業事業の塩化ビニル樹脂事業から撤退。また、創業50周年を契機に、社章と英文社名を「Zeon Corporation」に変更
●2002年
LCD用プラスチックフィルム「ゼオノアフィルム」を上市

●2005年
本社を新丸の内センタービル(現住所)に移転
●2013年
トウペを株式公開買付けにより子会社化。また、ゼオン・ケミカルズ・シンガポール社にて、溶液重合SBRを生産開始
●2015年
徳山工場に単層カーボンナノチューブ(CNT)の量産プラント完成
●2017年
住友化学とのS・SBR事業統合会社ZSエラストマーが営業を開始
天皇陛下行幸(川崎工場・総合開発センター)

●2018年
ゼオン・スペシャリティ・マテリアルズ社、米シリコンバレーで営業を開始
●2020年
創立70周年
●会社概要(2021年9月30日現在)
代表者/代表取締役社長 田中 公章
市場/東1
資本金/24,211百万円
単元株式数/100株
発行済株式数/237,075千株
従業員数/3,502人 ※2021年3月31日現在
●お問い合わせ先
日本ゼオン株式会社 IR・SR室
〒100-8246 東京都千代田区丸の内1-6-2 新丸の内センタービル
ZEON_IRSR@zeon.co.jp
https://www.zeon.co.jp/
●財務データ(連結)

