クミアイ化学工業「アクシーブ®」
創立70年超の化学メーカー・クミアイ化学工業が開発し、製造と販売を手がける除草剤「アクシーブ」が、世界の農薬市場で注目を集めている。販売開始から約10年を経た現在も販売地域が広がり続ける背景には、ニーズに応える除草効果とともに、環境への低負荷という社会の要請に応える開発コンセプトがあった。
環境配慮と生産性向上を両立農薬に新機軸を与えた除草剤
『SAKURA®』『ZIDUA®』『YAMATO®』─。これらは、世界各国で販売されている畑作用の除草剤の商品名だ。そのいずれもが、日本の農薬メーカー、クミアイ化学工業が独自に開発した「アクシーブ」(一般名“ピロキサスルホン”)を有効成分として含んでいるという共通点がある。
2021年5月現在、アクシーブは16カ国で農薬登録され、各地のマーケット状況に合わせた製品が販売されている。すなわち、アクシーブ・ブランドが、世界各地の主要穀物生産地を席巻しているのだ。
2011年の販売開始以降、アクシーブを含有する除草剤が、大豆、小麦、トウモロコシといった主要な穀物栽培の場面で広く受け入れられている理由には、①除草剤抵抗性雑草への有効性、②卓越した長期残効性と安定した効果、③投下薬量の少なさによる自然環境への負荷低減、などがある。
①の除草剤抵抗性雑草とは、販売開始当時から世界的な問題となっていた、既存の除草剤が効かない“スーパー雑草”のこと。アクシーブはこの課題を克服し、さらに②の長期残効性と安定した効果により、世界の農業従事者の生産性の向上に大きく貢献した。併せて、自然環境への負荷の低さにも注目が集まった。それまで使われていた除草剤が1ha当たり1㎏以上(有効成分量)を使用するのに対し、アクシーブは10分の1ほどの量で同等の効果を発揮する。
2050年には97億人に達すると予測される世界人口を賄うため、世界では食料の増産が喫緊の課題だが、農地の拡大には森林伐採などの環境破壊を避けられない。農地の拡大に頼らず食料を増産するには、生物や環境への影響評価試験をクリアした安全・安心な農薬を適切に使用することで、生産性を向上させるアプローチが欠かせない。
農薬が環境に与える影響を懸念する声もあるなか、生産性向上と生物や環境への負荷低減を両立させたアクシーブは、食の安全・安心と環境保全に貢献する除草剤として、驚きをもって世界の農薬市場に迎えられた。

グローバルな研究開発体制をフル活用。13年に及んだ研究開発が実る
一般に農薬の開発はリード化合物(開発コンセプトに沿った効果が見込める化合物のこと)の探索と最適化から始まる。有望な化合物を絞り込むと、次の段階として気温や降雨、土壌など実際の使用条件を想定した現地試験を重ねる。さらに、生物や環境への安全性を確保するための評価試験が行われる。その基準も国や地域ごとに異なり、日本では70以上の試験が求められる。
これだけの過程を無事に通過し、新規化合物が農薬として市場に送り出される確率は、実に10数万分の1ともいわれる。
アクシーブのリード化合物を合成・発見したのは1998年のことだ。当時、既存の非選択性除草剤「グリホサート」に耐えられる遺伝子組み換え作物が開発されたことで、世界の農薬メーカーの多くは除草剤の新規開発を一時中止、また、研究投資を減少させていたという。
しかし、クミアイ化学工業は、それだけでは十分な防除ができない分野として、土壌処理除草剤に着目。加えて、環境負荷が低い農薬のニーズを見込み、「既存剤の10分の1の用量で同等の効果が得られる畑作土壌処理除草剤」という開発コンセプトを設定した。
研究開発が始まると、クミアイ化学工業のグローバルな研究開発体制がフル活用された。同社の静岡にある生物科学研究所とアメリカのミシシッピ試験場でリード化合物の探索と最適化に取り組み、2001年にピロキサスルホン(後にブランド名・アクシーブ)を選抜。翌年から、大豆、トウモロコシ栽培の本場であるアメリカの主要州で実施した100以上の現地試験と並行して、日本国内ではグローバルで通用する製剤確立や工業化の研究が進められた。
地道な研究開発が実を結び、アクシーブ・ブランドの最初の商品『SAKURA®』がオーストラリアで販売を開始したのは、合成からちょうど10年後の2011年のことだった。その頃には、海外の研究者が学会発表や論文を通じてアクシーブの有用性を発信しており、すでに世界の農業関係者が、大きな期待を寄せていたという。


アクシーブがもたらした世界の農薬市場での存在感
アクシーブのクミアイ化学工業からの出荷売上高は、登録国の拡大とともに2020年度には298億円にまで増加。近年、市場の伸びが期待されるインドやブラジルでも農薬登録を取得し、2023年度には350億円の達成を目指す考えだ。
アクシーブは、クミアイ化学工業グループの業績にも大きく貢献している。目標としていた連結売上高1,000億円を2019年度に達成する牽引役となり、2021年度から始まった中期経営計画でも、アクシーブの既存販売国でのシェア最大化と新規登録国での販売拡大が、重点施策の一つに位置付けられている。
何より大きいのは、同社が高度な開発力を有する農薬メーカーとして、世界で存在感を高めたことだろう。研究開発面でも、大型剤開発のアプローチ確立という大きな財産をもたらした。同社が今後どんな農薬を生み出すのか、世界の農業関係者が熱い視線を注いでいる。


開発裏話
困難への挑戦が多くの農業関係者の共感を集めることに
13年に及んだアクシーブの開発過程で、研究開発の担当者たちはいくつもの壁にぶつかっている。なかでも開発コンセプトの「土壌処理剤」は研究開発を困難にしたという。雑草の葉や茎から、直接散布して農薬の成分を吸収させる「茎葉処理剤」に対して、土壌処理剤は土壌を介して薬剤を吸収させる。そのため、土壌の種類や降雨量など、考慮すべきファクターが多岐にわたるのだ。雑草の発生そのものを抑えて農家の大幅な省力化に貢献するというアクシーブの特色は、この壁に挑んだからこそ実現した。
クミアイ化学工業の大川哲生 取締役常務執行役員(研究開発本部長)によると、同社が開発する新たな農薬の概要を知った各国の販売会社からの声が、担当者たちを励ましたという。「現地の販売会社、販売員から熱いメッセージが寄せられ、私たちの大きな自信になりました。今後も日本はもちろんのこと、海外でも喜ばれる農薬を開発したいと思っています」(大川氏)。日本の農薬が世界の農業の進展に多大な貢献を果たしたことは、世界中の農業従事者の心に間違いなく刻まれたことだろう。

※アクシーブ®、SAKURA®、YAMATO®はクミアイ化学工業の登録商標です。ZIDUA®はBASFの登録商標です。
クミアイ化学工業 特別企画「卓越した研究開発力で世界の農業に貢献 いのちと自然を守り育てる化学企業」につづく