アイアールマガジン

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トップの素顔

ニューノーマルの世界で、
社会に貢献する企業となる

貸谷 伊知郎

貸谷 伊知郎
Ichiro Kashitani
取締役社長


目指す姿として“Be the Right ONE”を掲げ、
豊田通商グループならではの価値を提供する

IT、デジタル技術の進化により、人間の働き方そのものに影響を及ぼす変化が急速に進んでおり、コロナ禍も追い討ちをかける格好となって、企業を取り巻くビジネス環境が大きな構造改革の時を迎えている。そうしたなか、貸谷社長率いる豊田通商は、ビジョン“Be the Right ONE”を掲げ、ステークホルダーや社会にとってかけがえのない存在となるべく企業価値向上に努めている。


 

Profile

取締役社長
貸谷 伊知郎
Ichiro Kashitani
1959年4月、京都府生まれ。83年3月、同志社大学経済学部を卒業し、同年4月、豊田通商に入社。92年4月、カサブランカ事務所長に就任。その後、車両第二部グループリーダー(アフリカ)、自動車企画部長、食料事業部長などを経て、2011年6月、執行役員 兼 経営企画部長に就任。常務執行役員、常務取締役、専務執行役員などを経て、2018年4月、社長・CEO、同年6月、取締役社長に就任(現任)。

 

持ち前のポジティブな性格で
この苦難を乗り越えていく

 2020年に入って、新型コロナウイルス感染症が猛威を振るい、世界経済を揺るがす事態となっている。

 豊田通商の貸谷伊知郎取締役社長は、同年4月の入社式でこう述べた。
 
 「この4月は、コロナウイルスの影響で世界中がいわば〝非常事態〟にあります。状況は時々刻々と変化していますが、長いトンネルの先には必ず眩しい光が待っています。ひとつ先の世界を見据えて前向きに考え、不自由な時だからこそ気づく多くのこと、本当に大切なことに目を向け、学んでほしいと思います」

 貸谷社長は1959年4月、京都府で生まれた。この4月は、皇太子明仁親王と正田美智子さまの結婚の儀が執り行われ、日本中が祝賀ムードに包まれていた。

 少年時代から古いものに関心があり、地元京都や奈良の古墳や博物館をめぐっては写真を撮ったりスケッチをしたりを楽しむ日々だったという。また、シュリーマンやカーターの著作に耽溺し、自らも考古学者になることを夢見ていた。その一方、中学時代に関西ジュニアテニス選手権のダブルスで準優勝を収めるなど、運動面でも秀でるものがあった。

 自らの性格については、「根アカで前向き。せっかちだが、苦労を苦労と思わないところがある」と分析する。83年4月に豊田通商に入社して以来、会社へ行くのが嫌だと思ったことはただの一度もないというから驚きだ。コロナ禍という非常事態にあっては、苦労を苦労と思わないこのポジティブな性格が企業をよき方向へと導いていくことになろう。

 社内に向けては、「危機意識を持ちながらも萎縮せず、挑戦しつづけよう」とも呼びかけた。成長に向けた種まきを絶やさないことが、将来の市場における競争力の差となって表れてくると確信したからである。ただ、未来への挑戦が可能なのは備えがあってこそ。豊田通商グループは従来から危機管理と事業継続、リスク管理体制を構築し継続的に見直してきた。コロナ感染症拡大を受けたアクションもいち早く打ち出し、中国での感染拡大が明らかになった1月下旬には早くも緊急対策組織を立ち上げている。

 

コロナ禍で改めて自覚した
豊田通商の社会的責任

 ただ、貸谷社長が何よりも優先したのは、従業員とその家族の健康と安全を守り抜くことだった。

 フランスの経済学者ジャック・アタリ*が今回のコロナ禍で掲げた「命の経済(エコノミー・オブ・ライフ)」という概念がある。貸谷社長はこの概念を提言した“現代最高の知性”と称されるアタリを師と仰ぎ、2010年代前半から公私にわたって定期的に交流を続けている。アタリも貸谷社長の優れた人柄や能力、文化的素養に敬意を払っている。

 貸谷社長はアタリの「人々の日常の生活と命を守るための経済が不可欠だ」との訴えに共感し、「企業は“命の経済”を支える重要な役割を果たしている」との考えを述べている。

 豊田通商がコロナ禍においても可能な限りビジネスを継続する方針を打ち出した背景には、社会を支える機能を止めてはならないという覚悟、そしてビジネスを継続することがグループ従業員の雇用を守ることにつながる、という信念がある。実際に、コロナ禍の影響でグループの事業は全般的に需要が落ち込んだが、ヘルスケアやエネルギー、食料、物流、ITといった生活に関わるビジネスは堅調だった。コロナ禍を通じて、生活の基盤を成す“命の経済”に携わっている社会的な責任を改めて自覚することになったと貸谷社長は言う。

1943年生まれの経済学者、思想家。81年、ミッテラン仏大統領特別補佐官、91年、欧州復興開発銀行の初代総裁など要職を歴任。2008年刊行の「21世紀の歴史」は大ベストセラーに

 

豊田通商のビジネスは
「現地・現物・現実」が信条

 緊急事態宣言が解除され、コロナの感染状況がやや落ち着いていた6月初め頃、貸谷社長は本社オフィスで、入社して以来初めてオフィスに出社したという新卒の新入社員たちと会った。話しかけたところ、

 「リモートワークで仕事を教わっていましたが、やはり出社して先輩と会って、直接仕事をもらえて嬉しいです。ようやく“仕事”ということが実感できました」
との答えが笑顔とともに返ってきた。

 貸谷社長自身も、在宅勤務を行ってみて、意外なほどに仕事に滞りがないことを確認した一方、面と向かって人と会うことの価値やうれしさを改めて感じていたのであった。

 豊田通商のビジネスは「現地・現物・現実」を信条としている。リアルに人と会って初めて分かること、現場に立ってその場の空気に触れて実際に自らの目で見なければわからないことはたくさんあると貸谷社長は考える。そして、ポストコロナ・ウィズコロナのニューノーマルの中でこれをいかに実現するかを、われわれ豊田通商のグループの人間は考え続けなければいけないだろう、とも。

 長期化が予想されるコロナ禍の影響については、自動車関連事業は影響を受けているが、それ以外の事業への影響は限定的と見ている。今こそ、国・地域に応じた守りと攻めを徹底し、ニューノーマルの中で「現地・現物・現実」を追求しつづけようと貸谷社長は意を固くする。

 

馴染みのアフリカは
「あさっての市場」

 貸谷社長の足跡を辿ると、37年間の勤務歴のうちの3分の1強が海外駐在である。初の海外は92年に赴任した北アフリカのモロッコだ。カサブランカ事務所長として3年間の任務を遂行した。学生時代から独習していたフランス語も現地で大いに役立った。

 アフリカは、豊田通商にとって重要な地である。2020年現在、豊田通商グループ全従業員の3分の1がアフリカ事業に従事している。

 貸谷社長は以前、新聞のインタビューでこのように発言している。

 「経済発展が著しい東南アジアなどの新興国を『あすの市場』とするなら、アフリカは『あさっての市場』であると考えています」
 最大の魅力は人口の増加だという。2020年現在、アフリカの人口は約13億人だが、50年後には約25億人まで増え、全世界の約4分の1を占めるに至るとの予測がある。

 「社会資本が十分にいきわたっていない国々で、最先端の技術やサービスが一気に広がる〝リープフロッグ(かえる跳び)〟という現象が起きる可能性があることも魅力だ」

 次のようなビジョンも掲げる。

 「人口増が続くアフリカで、物流や移動を支える自動車産業の活性化を進めたい。現地で生産し、そこの人たちに乗っていただく『地産地乗』の取り組みをケニアで始めているが、他の国にも展開する考えだ。また、中古車市場のニーズも多く、メンテナンス網の整備も図っていく」

 アフリカ戦略は、現在進める中期経営計画の4つの重点分野のひとつである。「『あさっての市場』が『あすの市場』に、そこには多くの機会があろう、意思を持って取り組んでいく」と貸谷社長は言う。

 

Be the Right ONEを
自分事として捉える

 2018年4月、社長・CEOに就任した。自分が社長になるとは思っていなかったが、後継指名された時は、「私に役割が回ってきたか」という感想を抱いたという。恬淡とした性格がよく表れている。ただ、「役割が来た以上は、全うできるように精一杯がんばろう」と心に誓った。

 貸谷新社長が自分の役割として考えたのは、豊田通商を期を重ねるごとに良い会社にするということだった。良い会社とは、取りも直さず世の中に貢献できる会社であることだ。その貢献度をスケールとクオリティの両面で引き上げていく。

 良い会社としてのもうひとつの目標は、社員全員が持てる能力をすべて発揮できる、あるいは当初思っていた以上の能力を発揮できることである。この2つが実現できれば、会社はおのずと成長すると考えた。

 また、豊田通商のビジョンでもある「Be the Right ONE」(唯一無二の存在になる)を浸透させることも、任期中のミッションだと貸谷社長は言う。社員一人一人がこのビジョンを自分事として捉えるようになれば、どんな仕事でも社会貢献となる重要な仕事であると認識でき、働き甲斐や楽しさを感じられるだろうからだ。

 2018年の初頭、現会長の加留部淳氏は、貸谷氏をこう評した。

 「5つの本部を経験した幅広い知見を持ち、豊田通商らしさを熟知している。海外駐在が長く、英語とフランス語が堪能。技術革新にも前向きに取り組み、成長を続ける当社の新社長として、新たな飛躍をけん引するトップとして最もふさわしい」

 その時は面映ゆく聞こえたと笑うが、現在の苦難を乗り越えるには、これらの特質をフル動員させる必要がある。手腕の見せどころだ。




 

<Episode>

音楽は鑑賞するだけでなく
自身でサックスの演奏も

多彩な趣味を持つ貸谷社長だが、とりわけ音楽への造詣が深い。幅広いフィールドに親しんでおり、ミュージカルやバレエを鑑賞するだけでなく、自身でもサックスや尺八を演奏したり、カラオケに興じたりすることもある。欧州の一流経営者は仕事一辺倒ではなく、仕事を離れた時にも人間性豊かな人が多く、その影響を強く受けたという。

豊田通商 [8015]
1948年設立の豊田通商は、トヨタグループ唯一の商社として80年代から海外進出を強化し、自動車関連事業を主軸に成長。その後は自動車以外の分野にも事業を広げ、2000年に加商、2006年にトーメンと合併。インフラや化学品、食料などの分野へ事業を拡大。2010年代には、既存ビジネスの幅出し、深掘りを進めるとともに、新たな事業領域にも挑戦している。2012年には、アフリカに強みを持つフランスの商社CFAO社へ過去最大規模の投資を行う。

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