アイアールマガジン

IR MAGAZINE
トップの素顔

“自我”を強めて
社員が主役の会社に

安田 正介

安田 正介
Shosuke Yasuda
代表取締役 社長執行役員

総合商社での経験を糧に老舗企業に新風を吹き込む

インテリア業界の最大手企業として知られるサンゲツで、抜本的な経営改革が進行中だ。長らく続いた創業家中心の経営から脱皮し、自立した個人が集う企業へ。企業風土の刷新を伴う大改革を推進するのが、社長就任7年目を迎えた安田正介氏だ。2020年5月には同社初の長期ビジョンと新中期経営計画を発表。改革は新たなステージへと進んでいる。安田社長に、その仕事観を育んだ背景を聞いた。

脱創業家経営で
インテリアの老舗企業を覚醒

 国内市場シェアの約50%を占める壁装材(壁紙)をはじめ、床材、ファブリック(カーテン・イス生地)を主とした豊富な商品ラインアップで、インテリア業界を牽引する専門商社・サンゲツ。2014年、安田正介氏の代表取締役社長就任の報は、業界や地元・名古屋の財界に驚きとともに伝わった。

  1849(嘉永2)年に暖簾を掲げた「山月堂」を前身とする同社の歴史において、安田社長は創業家外からの、初の経営者だったからだ。

  しかし現在では「脱創業家の成功例」とも称される事業承継を果たし、創業160年超の老舗企業に新風を吹き込んだ。その経営手腕は、いかにして培われたのだろうか。

めぐり合わせで決まった
総合商社への入社

 安田社長は、1950年3月、3人姉弟の末っ子として生まれた。少年時代の住まいは東京・目黒。西郷山や目黒川が格好の遊び場で、勉強は二の次の毎日を送っていたという。父親は厳格な「古武士のような男」だったが、好きなことは自由にさせてくれた。

 しかし、互いにライバル意識を持っていた1学年上の兄が、名門の麻布中学校・高等学校に進学したことで一念発起。安田社長も同校を受験し、見事合格した。

 「入学後の成績は良くなかったし運動も苦手で、一時は落ちこぼれていました。それでも勉強を強いることなく生徒同士の議論や自主性を重んじる校風は、私の自己形成にプラスの影響を与えたと思います」

 その後、一橋大学経済学部に進んだが、卒業後の進路を大学に残るか、就職するかで悩んでいるうちに、多くの企業の採用活動は、企業の“青田買い”によって終了していた。安田社長はある企業から内定を得たが、必ずしも満足できず、採用解禁ルールを守り、遅れて採用活動を開始した数少ない企業のうち、三菱商事に就職した。

 「信念を持って商社を選んだわけではなかったですね。ただ、ヨーロッパ駐在歴が長い伯父から、海外生活の話を聞いて興味があったので、商社ならそれが叶うかもしれないとは思いました」

個人の判断と
チームの重要性

 三菱商事に入社後、海外生活のチャンスは早々に訪れる。会社の語学研修生募集に応募し、2年間のドイツ留学の機会を得たのだ。安田社長は現地の語学学校を経て、ミュンヘン大学で学んだ。

「大変だったのは友達づくりでした。ドイツ語で議論するのも大変なのに、ドイツの学生たちは英語やフランス語も話すわけです。研修プログラムに加え、自主的にフランス語も習うなど、人付き合いのための努力をしたのは良い経験になりました」

 帰国後、安田社長は化学品を扱う部署へ配属され、改めて商社マンとしてスタートを切る。当時の総合商社はちょうど業態の転換期。メーカーの営業活動を代行して手数料を得る従来のエージェント型取引から、自ら主体となって商材を仕入れ、リスクを負いつつ販売する事業投資型へと舵を切っていた。

 「私のいた部署はそれが特に顕著で、自分が主体となる仕事をするには何が必要かを考える毎日でした。言い訳は許されません。困難な時こそ逃げずに問題に向き合うことが重要と、自分に言い聞かせました」

 安田社長は自らの性格を“頑固”と話す。「柔軟性のない頑迷固陋は困りますが、心に決めたら突き詰めるという意味の“頑固”ならかまわない」とも。厳しい時期を乗り越えることができたのも、頑固な性分のおかげだったのかもしれない。

 30代半ばから6年間はアメリカのヒューストンに駐在した。海外駐在員は個人で決断する場面が多い。「5分で決めてくれ」と迫られ、本社の判断を仰ぐ余裕はない。そんな場面の連続で決断力を磨いた。

 その決断が大きな損害を引き起こすこともあった。好況を見通して独断で大量の商材を買い付けたが、市場が急転。身動きがとれなくなった。

「夜も眠れないほど思い悩むなかで、東京から『手伝います』と後輩がやってきてくれました。個人の判断で動く重要性と、チームの大切さの両方を知りました。私の仕事観は三菱商事での経験が礎です」

創業家と危機感を共有し
改革に挑むことに

 機能化学品本部長、常務執行役員中部支社長などの要職を経て、安田社長は2012年に三菱商事を退社。そして、当時のサンゲツ社長、日比賢昭氏の求めに応じて、同年6月、同社社外取締役に就任した。

 三菱商事時代、サンゲツとの付き合いはあったが、賢昭氏とは年に1度意見交換をしたぐらいで、就任要請は寝耳に水。意図せぬめぐり合わせで針路が決まるのは、三菱商事の入社時と同様であった。

 驚きは続く。取締役会に参加するようになった安田社長の目には、会社の体裁と内容が、上場企業の器に追いついていないように映った。すべてがトップダウンで決まる経営方式は、限界に近づいていた。

 だが、事態は急転する。同年9月、創業家の長兄・賢昭氏が急逝。社長職を引き継いだ弟の祐市氏から、「サンゲツを組織で動く会社にしなければならない」と告げられる。

 創業家も危機感を抱いていたことが、安田社長の背中を押した。安田社長は、社外取締役という立場で同社初となる中期経営計画の策定を主導する。その結果、2014年の社長就任に至った。

「市場起点」の発想で
柔軟に商品開発

 社長就任後、安田社長は社内報への寄稿という形で、社員宛てにメッセージを発信しつづけている。事業基盤を再整備するにあたり、要点と考えるのは社員の主役意識である。三菱商事時代に得た経験に基づくことは言うまでもない。

「社員には『自我を強める』という言い方をしています。自我が強くなければ会社は強くならない。サンゲツは創業家の強烈なリーダーシップに支えられてきましたが、『社員が主役』の会社に生まれ変わらなくてはなりません」

 それまでのように、商品のデザインについて、社長が細部に意見することはなくなった。

「商品開発の担当者に伝えているのは“市場起点”です。売れ筋を追うという意味ではなく、サンゲツの提案力を前提に、ハウスメーカーや設計士の意見を聞いて、より良いものを作るということです。海外を含めた展示会などからの情報収集も欠かせません」

 現在は20~30代の社員を中心に、柔軟性のある商品開発ができるようになったという。さらに、サンゲツ主催の「壁紙デザインアワード」も、安田社長の就任後に始まった。

「ピカソをはじめ、古今の芸術家が壁紙を手がけています。壁紙はグラフィックデザインの発露の場にもなります。業界外の若手の発想で、デザインの幅を広げたい。日本の壁紙の地位を上げたいと思っています」

事業基盤の再整備を終え
中計は次のステージへ

 サンゲツは専門商社だが、全商品をファブレス*で自社開発するメーカーの機能も持つ。住宅用から非住宅用まで対応する1万2,000点の商品は、全国に散らばる11拠点で在庫を常備。最短で受注当日の夕方には商品を届ける即納体制を有している。

「壁紙、床材に限らず、どの商品・どの業界にもこんな仕事をしている会社はありません。サンゲツが特異なポジションを築くことができたのは、創業家が築いたこの事業モデルのおかげです。ただ、行き着くところまできていたのも確かでした」

 安田社長は、社長就任時に社員に送ったメッセージのなかで「制度疲労」という言葉で改革を呼びかけた。

 サンゲツ初の中期経営計画(2014‐16「Next Stage Plan G」)では、人事給与制度、物流設備の更新、事業全般の強化・見直しなど、事業基盤の再整備を主眼に据えた。2回目の中期経営計画(2017‐19「PLG 2019」)では同じ方針をさらに推し進めつつ、国内インテリア事業における機能強化と、海外展開の強化・地理的な拡大を加えた。

 「6年間でこれだけ大きな変化を果たした企業はないと思います。しかし、守勢に回ることなく、失敗を恐れず事業の幅を広げていかなければ、さらなる成長はありません。これこそが、次の中期経営計画における課題となります」

 安田社長が生来の頑固さで導く、新たなサンゲツの姿に期待したい。

*自社で生産設備を持たない企業のこと
 

<Episode>
子供の頃に憧れた伯父の部屋

安田社長の東京の自宅リビングは、マホガニー材、チェリー材の家具で合わせた、イギリスのアンティークであるクイーン・アン様式でコーディネートされている。壁に飾られた雛屏風は、安田社長自ら東京、金沢、京都の骨董屋をまわって探したもの。海外生活の長かった伯父の影響で、子供の頃から自身もインテリアに興味があったという。

安田社長の自宅リビングを飾る雛屏風

「Joy of Design」の提案でトップ&ユニークな地位を築く

襖や屏風、障子を設える表具師の日比弥助が、1849(嘉永2)年に名古屋城下で暖簾を掲げた山月堂が前身。1953年に山月堂商店として株式会社化。1956年から壁紙の取り扱いを始め、1965年には初のオリジナル壁紙「エリート」の販売を開始。商社にとどまらない独自の業態を確立した。

全国8カ所のショールームと11の物流拠点、グループ企業にはエクステリアを扱う会社や施工専門会社も擁する。「インテリアを通じて社会に貢献し、豊かな生活文化の創造に寄与」することを企業使命とし、社是「誠実」、ブランドステートメント「Joy of Design」を定めている。

株価情報
株価/チャートなど(野村證券サイト)がご覧になれます