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貴金属リサイクルの現況と将来性

貴金属リサイクルの現況と将来性

2022年1月1日
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プラチナやイリジウムをはじめとする白金族(PGM)は現代の産業になくてはならない貴重な素材となっている。しかし産出量は少なく、最も多いプラチナでも年間生産量は200t未満、その90%を南アフリカとロシアが占めている。

この希少な資源を安定的に調達するためには、使用済みの工業製品から回収・再利用するリサイクルが欠かせない。今回、取材班は、野村證券エクイティ・リサーチ部の松本裕司アナリストへの取材を基に、貴金属リサイクルの現況とその将来性を考察した。




排ガス浄化用触媒など現代工業に不可欠なPGM

 貴金属とは、金、銀、白金(プラチナ)、パラジウム、ロジウム、イリジウム、ルテニウム、オスミウムの8元素の総称である。金と銀を除く6元素は、物理的性質や化学的性質が似ていることから、一括して白金族(PGM)と呼ばれている。

 PGMは現代の産業に不可欠な素材だ。松本アナリストは「EVやグリーン関連の動きがある中で、メタルは重要な存在」という。例えばプラチナは自動車排ガス浄化用触媒のほか、燃料電池の電極材や化学用のるつぼに使用されている。ロジウムとパラジウムの用途は排ガス浄化用触媒が9割を占める。イリジウムはスマートフォンのノイズフィルター基板に使用されるリチウムタンタレート結晶用のるつぼに用いられ、ルテニウムはHDD用のターゲットになる。つまり、PGMは自動車のクリーン化や携帯端末の進化を牽引する貴重な工業素材なのだ。

 

希少性と資源ナショナリズム──貴金属の安定調達が国家課題に

 しかし、PGMの一次供給量(鉱山産出量)は少ない。貴金属の代表格である金の年間産出量は全世界で約3,200t、太陽光パネルの電極に使われる銀の年間生産量は1.5万t以上あるが、PGMでは最も一般的なプラチナでも年間生産量は200tに満たない。つまりPGMは現代工業に必須の素材でありながら、その希少性ゆえに安定供給が常に不安視される存在なのだ。また希少であることは、時に想定外の価格高騰をもたらすこともある。ロジウムは2019年から2021年にかけて約10倍の高騰を記録した。現在、その値動きは沈静化しているが、PGMは供給リスクと同時に価格変動リスクも内包しているわけだ。しかも鉱山の新規開発には10年程度の長い時間を要するため、需要の増大に即応して生産量を拡大するのも難しいのが現実である。

 さらに、問題を複雑にしているのが資源産出国の外交政策だ。PGMの鉱山は、南アフリカやロシアなどの特定地域に偏在している。かつて中国は先進国に対する外交手段としてレアアースの輸出規制を実施し、欧米や日本との間に貿易摩擦を引き起こした。新興の資源大国を中心に、自国で産出する資源を自国で管理・統制すべきとする「資源ナショナリズムの動きがあるので、さまざまな形で供給制約が起こりやすい状況」(松本アナリスト)となっている。

 

PGM全供給量の約30%が使用済み製品からの再生原料

 こうした背景のもと、先進工業国では、自動車排ガス浄化用触媒などの使用済み製品から貴金属を回収・精製して再利用する貴金属リサイクルが、安定した供給ルートの確保に重要な役割を担うようになってきた。現在、わが国におけるPGM全供給量の約30%がリサイクル原料だ。イリジウム、ルテニウムのパイオニアであるフルヤ金属〔7826〕は独自技術を基盤としたPGMリサイクルシステムを構築・運用している。1935年に感光材料からの銀回収をスタートした松田産業〔7456〕も、医療、印刷など幅広い業界を対象に、廃棄物から希少金属を回収・再利用する事業を推進している。貴金属業界全体を見渡すと、田中貴金属グループは、電子機器などの工業用スクラップや工場の廃液、貴金属ジュエリーから貴金属を回収する一方、貴金属回収装置の販売にも力を入れている。
 

持続可能な社会の構築に貢献する貴金属リサイクル・ビジネス

 では貴金属リサイクルの将来性を、私たちはどう捉えればいいのだろうか。世界の大手自動車メーカーは今、EVへの完全移行に舵を切りつつあるが、すべての会社が同一歩調を取っているわけではない。トヨタ自動車はEV、ハイブリッド、水素など、さまざまな可能性を検討しているし、自動車のライフサイクル全体におけるCO2の排出量は、現状ハイブリッドのほうが優れているというデータもある。仮にガソリン車が完全に消滅すれば、ロジウムやパラジウムはその主要用途を失ってしまう。しかしガソリン車やハイブリッド車は今後十数年は自動車販売の主体であり続けるだろうし、排ガス規制も年々厳しさを増していくことから、PGMの需要は中期的には拡大基調をたどるはずだ。また、科学は日進月歩で進化しており、PGMの新たな用途が開発される可能性もある。貴金属業界ではリサイクル体制の拡充を通じて増大するニーズに対応しつつ、長期的なトレンドを注視していくことになるだろう。

 2015年に国連サミットにおいて持続可能な開発目標(SDGs)が採択されて以降、持続可能な社会の構築に向けた取り組みが一般企業にも強く求められるようになってきた。ESGやSDGsを主軸とする歴史的なトレンドが、貴金属リサイクルの発展に追い風となるのは間違いない。

 

業界全体の動きを見るには主要プレイヤーを追跡しておく

 最後に貴金属リサイクルの銘柄を紹介しておこう。DOWAホールディングス〔5714〕と三菱マテリアル〔5711〕の2社だ。DOWAホールディングスは、グループ会社であるDOWAエコシステムを中心に、電子部品スクラップやパソコンなどの基板類から貴金属を回収するリサイクル事業に取り組んでいる。三菱マテリアルは、廃バッテリーや金銀滓、焼却灰、廃プラスチックからエネルギー資源を回収しているほか、アルミ缶のリサイクルや有価金属の回収も手がけるなど幅広い事業を展開しているのが特徴だ。両社ともに日経225銘柄であり、その動向に業界の内外から注目が集まっている。

 限りある資源の有効活用は、経済産業の継続的な発展に欠くことのできない重要な取り組みである。業界全体の動向はもとより、DOWAホールディングス、三菱マテリアル、フルヤ金属、松田産業といった主要プレイヤーの事業戦略をしっかりと追跡していきたい。