アイアールマガジン

IR MAGAZINE
その他特集

名城は語る~夏の特別編~

アイアールmagazineの連載企画「名城は語る」。
日本各地の城を独自の目線で解説している大人気コラムです。
117号は夏の特別編として、本誌で掲載したものに加筆した完全版をWEB限定で公開!

徳操の城――弘前(ひろさき)城













 サステナブル─持続可能な社会の実現が世界の潮流となって久しい。こうしたなかで日本は、創業100年以上の老舗企業の数が世界で最も多い*¹国だと云われている。過去の歴史を紐解くことで、永きにわたり成長し続けるための鍵が、何かしら見えてくるのではないか。

 そう考えている際、思い浮かんだのが、東北唯一の現存天守を有する青森県津軽地方の要、弘前城である。


 同じ青森県内にあっても、津軽地方は機を見るに敏で弁が立ち、外交的である一方、南部地方は辛抱強い性格で、内向的で保守的な人が多いといわれる。ただ、駿河と遠江(静岡県)、尾張と三河(愛知県)、博多と福岡(福岡県)など、隣り合ったエリアの気質が違ったり、対立したりすることは、全国的に見ても決して珍しいことではない。そして、こうした現象は、歴史的経緯に由来することが多い。元々津軽地方は、南部氏の領国である。ところが、傘下にあった大浦(後の津軽)為信が独立の野望を抱き、南部氏から領土を簒奪。先見の明があり、外交センスに優れた為信は、早くから後の豊臣秀吉の天下を見通し、友誼を結んでいた。中央の有力者を通じて秀吉に取り入ることで本領の安堵を許され、正式に大名として独立する。裏切りで領土を取られたうえに、さっさと権力者と通じて地位を確保してしまう為信に、外交力でも後れをとる南部氏としては歯噛みする思いだっただろう。

 豊臣家が滅亡すると、津軽氏は今度は徳川家に接近する。持ち前の外交力を発揮し、徳川家康の養女、満天姫を二代目信枚の正妻として迎え入れると同時に、城内に東照宮を分祀*²。東照宮とは、東照大権現である家康を祀ったものだ。これは津軽家と徳川家の友好関係を周辺諸国に強烈にアピールする効果があった。弘前城を攻撃することイコール徳川の天下への反逆になるのだ。これ以上の防護壁はあるまい。以降、弘前城は戦火にさらされることなく、津軽藩も幕末まで生き永らえることとなった。この経緯だけ見れば、津軽氏は主家の領土を奪い、言葉巧みに時の権力者にすり寄って身の安泰を図った狡賢い家系と映るかもしれない。だが、津軽氏には狡猾さだけではない、もうひとつの顔があったことを、ひた隠しにされてきた、ある事実が物語っている。

 
 弘前城内本丸の北東部、北の郭という一角に、かつて館神という社が存在していた。徳川時代300年を通じて厳重に守られ、城主一族しか入ることを許されなかった館神。実は、その正体はあろうことか、徳川家の天敵である豊臣秀吉なのだ。これが露見すれば、間違いなく幕府に対する反乱として、津軽藩は取り潰しにあっていたことだろう。さらに驚愕の説もある。津軽家は、秀吉を祀るだけでなく、関ヶ原の戦いで徳川家に敵対した石田三成の子、重成と辰姫を匿い、辰姫は二代目信枚の側室としたというのだ。三代目信義は、二人の間に生まれた子とも云われる*³。

 敵対する二家から妻を迎え、敵対する神を同じ城内に祀ったのは一体何故か。当時としてはお家の存亡に直結しかねない危険な決断である。本来ならば、例え大名にしてくれた恩人とはいえ、お取り潰しの危険を冒してまで義理立てすることはなかったはずだ。ましてや、豊臣家も石田家もすでにこの世にないのだ。その根底には、どれだけ世の中が変わろうとも、忘れてはいけない恩義や曲げられない信念があったからではないのだろうか。

 

 昨今、多くの企業が、かつての事業からの脱却・進化を模索している。今や、ソニーグループはコンテンツの会社に、日立製作所はICTソリューションの会社となり、さらなる飛躍を遂げようとしている。しかし、創業の志は変わらない。商材や手法は変わっても、やはりソニーはソニーらしく、日立は日立らしいのだ。ひとつのやり方や名声に固執することなく、変わることのない精神に、変わる世の中に適した鎧を纏う。老舗ほど、変化は痛みを伴う挑戦となる。100年企業の数が世界一ということは、日本が世界で最も挑戦し続けてきた国であることの証拠なのかもしれない。


*1 日本には創業100年以上の老舗企業が33,000社以上存在し、世界一といわれている
*2 日光以外で初めて分祀された第1号である。御三家でも譜代でもない外様の家に持ってくるとは、剛腕というほかない
*3 諸説あり。ことの真偽は明らかになっていないが、事実ならばかなりの綱渡りをしたものである


 

弘前城(弘前公園)

住所:青森県弘前市下白銀町1
交通:JR弘前駅から市内循環バス約15分「市役所前」下車徒歩約4分