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IR MAGAZINE
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Contents
IR30年の歩みとこれから ─ 真の企業価値を伝えるために

                一般社団法人 日本IR協議会 専務理事 佐藤 淑子
ESG投資 ─ 持続可能な社会を実現するために
           公立大学法人 高崎経済大学 経済学部経営学科 教授 水口 剛

はじめに ─ 未来を創造するための新たなIRとは
 企業とは、投資家にとっても、時に企業自身にとっても「謎」のような存在ではないだろうか。ビジネスモデル、人材、製造資本、創出価値といった多様な要素が複雑に絡み合っているだけでなく、そのすべてが刻々と変化し、揺れ動く多面体のような存在であるがゆえに、成長可能性や潜在力を推し量るのが難しい。
 2020年6月に設立30周年を迎えた野村インベスター・リレーションズは、「情報価値を最大化する知のイノベーションを通じて、資本市場の健全な発展と豊かな社会の実現に貢献する」を企業理念に掲げ、「謎」を解き明かすだけでなく、明快なメッセージへと転化させることで、企業と投資家の懸け橋を担ってきた。
 同社の30年の歩みは、1990年代のバブル崩壊による株価の急落を機に、企業本来の価値を市場や投資家、各ステークホルダーに積極的に開示しようと試行錯誤をくり返してきた日本のIR*の歩みと、軌を一にしている。バブル崩壊後のIR黎明期、市場のグローバル化などが企業のIR活動を後押しした2000年代前半の普及期、海外の機関投資家の敵対的買収やリーマン・ショックに影響された激動期、そしてスチュワードシップ・コードなどのさまざまな指針が示された2012年以降の発展期。本特集では、こうした日本のIRの歩みとこれからの展望を、日本IR協議会の佐藤淑子専務理事に語っていただいた。
 さらに、環境・社会・企業統治の観点から企業の持続性や将来性に着目した投資手法である「ESG投資」を、高崎経済大学の水口剛教授に解説していただいた。「地球環境や社会が抱える課題の解決は、投資の分野においてもさらに重要視されていく」という水口教授の言葉どおり、企業や投資家の行動は、持続可能な未来のための大きな力となりつつある。
 本来、企業が投資家に向けて情報発信をする活動だったIRは、その対象を投資家だけでなく、企業のステークホルダーや社会全体にまで広げ、影響力を強めている。そして、投資家が企業の成長可能性を探り、その蓋然性を高めるためにも、IRの役割は重要性を増している。
 この特集を機に、IRの意義を再確認するとともに、子や孫にどのような未来を「継承」するのか、自らの意思を反映させるための責任ある投資のあり方について、指針の一助としていただければ幸いである。
 

IR30年の歩みとこれから ─ 真の企業価値を伝えるために

佐藤 淑子氏インタビュー

IRは「投資家向け広報」と定義されることが多いが、それにとどまらない“拡大再生産”の機能を持つと日本IR協議会の佐藤淑子専務理事は言う。約30年にわたる日本のIR史をたどりながら、IRが担う機能と意味について語っていただいた。

日本のIRの黎明期は、バブル崩壊から
 ここ30年の日本のIRの歩みを振り返ると、①黎明期(1990年代後半)、②普及期(2000~2004年頃)、③激動期(2005~2011年頃)、④発展期(2012年以降)の4つの時期があったと考えています。
 日本のIR黎明期である1990年代後半に、日本企業がIRに取り組むようになったきっかけは、バブル崩壊後に株価が急落したことが大きいのではないでしょうか。バブル崩壊前は、企業の大株主として金融機関の存在感が大きく、株主構成そのものがいびつなものであるといわれていました。純粋な企業価値を判断して投資をする投資家が少なく、形成されている株価が適切なものでないという認識があったと思います。そのため、株価を経営判断の指標とする日本の経営者は少数派でした。
 バブルは企業価値そのものではなく、皆の過度の期待が株価を膨らませた結果として起こったものです。それが弾け、株価が急落してしまうと、山一證券の破綻が象徴するように、企業は存続の危機にさらされ、海外の格付け会社による格下げの影響で資金調達が難しくなったと感じる企業も続出しました。そして、バブル前のいびつな株価の状況ではなく、企業の本来的な価値を反映した株価が企業の存続に必要なのだと、企業だけでなく資本市場も感じるようになったのです。こうした動きのなかで、決められたことを開示するだけでなく、自らの経営の実態を積極的に開示していこうという意識の変化が企業側に起き、投資家側も企業本来の価値を判断材料として投資をするという意識を持つようになってきたことが、日本のIRの端緒となりました。
 そしてもうひとつ、黎明期のIRを大きく後押ししたのが、金融ビッグバンや会計ビッグバンと呼ばれる政府主体の制度改革です。当時、かなり特殊であった日本企業の会計基準や開示制度を、グローバル市場に認められるようなものにしようというこの改革は、日本のIR普及にとって大きな意味を持ちました。

市場のグローバル化、インターネットの拡大がIRの普及を後押し
 金融ビッグバンによる制度改革、会計基準の改定による市場のグローバル化などをきっかけに、日本企業の株主構成も変化してきました。1998年頃から、外国人投資家の持株比率が徐々に銀行の持株比率を上回るようになり、2000年代以降はこうした趨勢が顕著になります。この頃が、IRの歩みにおける普及期に当たります。外国人投資家の参入は、市場の制度改革だけでなく、バブル後の日本企業の経営努力が大きく影響しています。工場や設備の売却や負債整理など、バブルで膨らんだ資産を整理したことで、日本企業の本来的な価値が株価に対して割安だと感じる外国の投資家が数多く参入するようになりました。外国人投資家が増えるにつれ、海外IRも活発化していったように思います。
 2000年代に入ると、情報開示を行わなければ、適切な企業価値
の評価を受けられないという認識が企業の間にも広がり、日本でもIR部門を設置する企業が増えてきました。しかし、当時はまだ社内のIRの認識も低く、IR部門だけが孤軍奮闘していたり、経営トップとIR部門が二人三脚で情報開示を行うような企業も少なくありませんでした。経営トップが、「中期経営計画」や「経営戦略」を説明会で語るようになったのもこの頃です。そのような日本企業の情報開示の新たなツールとなったのが、インターネットでしょう。インターネットのWebサイトが経済活動のなかに浸透し、IRの情報発信も行いやすくなりました。個人投資家も株の売買が容易になり、個人投資家向けのWebサイトを通じた発信も、2000年代に入ってから徐々に活発化していったのです。

(注)都銀・地銀等と外国法人等の持株比率が入手可能な1970年度以降のデータを用いている。また、持株比率は市場価格ベースで算定
(出所)東京証券取引所 『 株式分布状況調査 』 より日本IR協議会作成


物言う株主の登場、リーマン・ショック、激動期を迎えたIR

 2000年代以降は、ITを通じた新しいIRのあり方についての方法論や発信方法も確立され、2005~2011年頃は、日本企業において、より能動的にIR活動に取り組む姿勢が強まりました。
 そして、2005年頃は、スティール・パートナーズに代表されるような海外のアクティビストによる敵対的買収や、M&Aが活発化した時期でもあります。それまでは、物言う株主という存在──マスコミまで巻き込んで企業に強く意見を表明する株主は、あまりいませんでした。結果的に、敵対的買収のほとんどは成功しませんでしたが、企業だけでなく社会にも、そのリスクは大きいものだという認識が出てきました。
 先ほど、企業の株価が下がり、格付けが下がることで資金調達が難しく感じられるようになったというIR初期の認識変化をお話ししましたが、株価が企業本来の価値よりも著しく低くなると、買収の危険もあり得るという意識を企業も強く持つようになったと思います。近年は物言う株主の要求に、機関投資家や個人投資家も賛同するようなケースも出てきました。自らの価値を積極的に説明せず、株式市場の評価が下がった企業に苦言を呈す物言う株主の出現は、日本のIRにとって巨大なインパクトを与えたのではないでしょうか。
 バブル崩壊、物言う株主の登場、IT技術の革新によるIRの発信法の確立など、外部環境の変化を自社の変革に結びつけようという動きが本格化してきたのが、リーマン・ショック後からでしょう。その理由のひとつが、株式市場のグローバル化が企業の事業活動のグローバル化と連動していることです。バブル崩壊や物言う株主の登場、そしてリーマン・ショックが決定打となり、市場を日本国内だけに限定していたり、創業からの事業を守る1本足打法の経営は、うまくいっている間はよいけれども、そうでない場合はリスクが大きいと企業も考えるようになりました。その結果、事業の多様化やグローバル化が進み、国際的なM&Aを行う企業も出てきたのです。国際的な信用を得るためには、国内外の株式市場や投資家に自社の経営戦略を伝えるための努力や、積極的な対話が不可欠です。
 これはもう少し後の時代の話かもしれませんが、海外投資家からの経営課題への厳しい指摘が、今後の経営戦略に有用な「気づき」を与えてくれるのだと理解した経営トップが、IRの重要性を実感し、継続的にIR活動を行っていくようになったことも、日本のIRの発展には重要な意味を持っています。

伊藤レポート、2つのコード、FDルールの策定がIRの発展を促進

 外部の刺激を活かした自己変革によって、日本企業は積極的な経営戦略を、IR活動を通して投資家に伝えられるようになりました。しかし、株主還元の比率や経営上の適切な投資水準を決めるためのベンチマークがなく、試行錯誤をしている企業が多くあったことも事実です。このベンチマークを示したのが、2014年に公表された「伊藤レポート」、そして機関投資家からの上場企業への働きかけのための行動規範として位置付けられた「スチュワードシップ・コード」(2014年適用)、上場企業のステークホルダーとの関係を踏まえた適正なコーポレートガバナンスと、持続的成長を実現するための行動規範である「コーポレートガバナンス・コード」(2015年適用)です。
 伊藤レポートやスチュワードシップ・コードによって、ROEの目標水準が8%と掲げられたことやそれに付随する資本効率に関わる指標の重要性が示されたことで、企業側でも明確な目標数値を設定しようという意識が高まってきました。目標数値を伝えるためのIR活動を通じて、企業側もどのように自社の余剰資金を活用すべきかが明確になり、経営層を中心に改めてIRの重要性を認識するようになってきました。こうした具体的な目標設定は、行き過ぎると問題がありますが、現実的な目標設定をIRを通じて対外的に公表することで、社内の緊張感も高まりますし、社内やステークホルダーと目標を共有することで、一体感をもって事業を遂行し、事業の成長可能性を高める二次的な効果も期待できるのです。

(出所)新聞記事、東京証券取引所のデータなどから日本IR協議会 佐藤専務理事作成


 企業によるIR活動が促進されるなかで、一部のアナリストなどへの情報開示による短期的な株価の変動を抑止することや、個人投資家に機関投資家と同等の情報を提供する機会を作るべきだという議論から生まれてきたのが、2018年に策定されたフェア・ディスクロージャー・ルール(以下、FDルール)です。FDルールの意義は3つあり、1つ目はルールを明確化することで、迅速な情報開示を企業に求め、ひいては市場との対話を促進すること。2つ目は、アナリストによる正確な分析が可能な環境を整備すること。3つ目は、情報開示のタイミングを公平化し、短期的ではない中長期の投資を促すことにあります。FDルールの策定により、機関投資家向けの説明会の資料や質疑応答などを公表する企業も出始めており、IR情報もより充実してきたように思います。
 こうした2014年以降のさまざまなルールの策定後、企業の中長期的な価値の説明や、投資家との対話、それに基づく市場の評価という、本来あるべき姿に近づいてきたと感じた企業側が、さらにIR活動に積極的になっています。個人投資家にとっても、企業のWebサイトなどを通じて統合報告書やサステナビリティレポート、機関投資家向けの資料や、決算説明会の質疑応答など豊富な情報を入手できる機会が広がっています。これからの個人投資家は、こうした情報を取捨選択するとともに、機関投資家などのプロが気づかない独自の視点を活かしてイマジネーションを膨らませ、投資をすることが必要になってくるでしょう。

(出所)『IRの成功戦略』(佐藤淑子著/日本経済新聞出版社)より


企業の持続的成長とこれからのIR
 IR活動は時代によって変化してきました。日本企業は、丁寧な情報開示によって資本市場の評価を得てきましたが、今後は10年を超える時間軸で将来を見通し、的確な打ち手を示すIR活動が求められています。そのために重要なのが、ESGやSDGsの考え方をベースに企業を経営し、投資家だけでなくステークホルダーの理解も得て企業価値を高めることです。そして、忘れてはならないのが、厳しい時期でもIR活動を続けるということでしょう。現在、多くの投資家はコロナ禍の影響について大きな関心を持っています。企業側は数値予測が難しければ、経営状態や今後の見通しについて、定性的な情報であっても発信することが重要です。そのうえで、環境変化を乗り越えて社会的課題に応える事業戦略を策定し、そのための体制整備やリスク回避策を講じて、収益機会をどのように生み出していくかといった戦略についての開示と対話を行うべきです。
 持続的成長が重視されるなか、財務的なKPI*を打ち出すだけのIR活動は、市場から評価されにくい時代に入っています。したがってIRは、投資家向け広報にとどまらず、企業全体の価値、すなわちブランディングやステークホルダーとの協働力を伝える役割を担うことが求められています。そのためには、経営トップやIRの担当部門だけでなく、さまざまな部門が相互に連携しながら、全社一体で情報を発信していくことが必要になってくるでしょう。

Key Performance Indicatorの略(重要業績評価指標)

佐藤 淑子 Yoshiko Sato
一般社団法人 日本IR協議会 専務理事

1985年、慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。93年3月、日本IR協議会に出向。2003年から首席研究員、2007年事務局長、2015年から専務理事。主な著書に『IR戦略の実際』(2008年、日本経済新聞出版社)、『IRの成功戦略』(2015年、同上)など。




ESG投資 ─ 持続可能な社会を実現するために

水口 剛氏インタビュー

昨今、ESG投資が注目を集めているが、投資家にとってまだまだ馴染みがないのも事実だ。長期的なリスクの削減やリターンが期待でき、環境や社会の問題解決にもポジティブな影響を与えるというESG投資について、高崎経済大学の水口剛教授にうかがった。

ESG投資には、2つの側面がある
 ESG投資とは環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)の要素を考慮した投資です。具体的には、企業の環境(E)・社会(S)問題の対応状況や、それに関わるガバナンス(G)の状況を考慮して投資企業を選んだり、投資後に投資家が企業に対して積極的にエンゲージメントをしていく投資行動の総称です。
 現代においてESG投資が必要とされ、意味のあるものだと考えられるようになった理由には、大きく2つの側面があると思います。まず1つ目は、環境・社会、あるいはガバナンスをきちんと考慮する投資が、長期的に見て投資家にとってより良い投資結果をもたらすという側面です。つまり、ESG投資は、投資先企業の気候変動や人権問題、雇用問題などへの対応をきちんと評価することで、長期的なリスクを削減・調整し、安定的なリターンを期待できる可能性があります。
 また、将来に起こりうる問題解決をビジネス機会と考える企業に投資することで、イノベーションの果実を得ることも可能になります。ESGがビジネス機会につながるという視点は、ESG投資において大切なポイントといえます。
 実際、新型コロナウイルスの感染拡大による株価の影響を調査したところ、ESG投資を行っている17のファンドのうち12のファンドが、市場平均であるS&P500に比べて小幅な減少で済んだ、つまりアウトパフォーム*していたというS&PGlobalの2020年4月13日付の記事などの報道が多数あります。また、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が公表した「2018年度ESG活動報告」では、2017年4月から2019年3月までの2年間で、5つのESG指数のうち4つが市場平均を上回っていました。ただし、これは2年間という短期間の結果であり、ESG投資は長期的な視野に立った検証が必要とGPIFは指摘しています。
 2つ目に、投資家が環境や社会に配慮して投資することで、環境や社会に配慮する方向へ企業行動を誘導することができるという側面があります。投資の力を通じて環境や社会へのポジティブなインパクトを高めていくことは、自分たちが5年後、10年後にどんな社会に住みたいのかということと関係しています。
 もし将来、気候変動や経済格差などの問題が解決できず、世界が不安定になってしまったら、たとえ同じ金額の投資のリターンを得たとしても、安定した社会に暮らす場合とでは、その価値が異なります。金銭的な利回りだけでなく、社会に与える影響を考えて投資をすることが、本当の意味で合理的なことなのではないでしょうか。またそれは、自分の子供や孫たちにどのような社会を残したいかという自分の思いを投資行動に反映させることでもあります。
 さらに、環境や社会にポジティブなインパクトを与えることによって、将来の経済的基盤を安定的に守ることができます。結果として投資先企業の全体的な経済活動が底上げされ、長期的な投資利益も守られるのです。私たちは、まさにコロナ禍で逆のことを経験したといっていいでしょう。コロナ禍のような災害により社会が機能しなくなると、経済も機能しなくなり、投資家の利益も失われてしまう。社会を守っていくことが長期的には投資家の利益につながるのです。だからこそ、環境や社会にポジティブなインパクトを与えていくことが重要なのです。新型コロナウイルスは、ワクチンが完成すれば、終息させることができると思われますが、気候変動はいったん経済に影響が出るレベルまで進んでしまうと簡単には元に戻せません。ですから、今のうちから対策を講じておくことが必要です。投資家がどのような投資先を選ぶかということに懸かっているのです。

日経平均やTOPIXなどのベンチマークに対して、ある指数もしくは銘柄の一定期間の収益率が上回っていること。アウトパフォーマンスとも呼ばれる



ESGはどのような課題に向き合っているのか?
 今回のコロナ禍で明らかになったように、地球環境や社会が抱える課題の解決は、投資の分野においてもさらに重要視されていくはずです。冒頭でもお話ししましたが、ESGが企業のビジネス機会の拡大につながることは明らかです。
 例えば、気候変動問題では、再生エネルギービジネスや、高効率の蓄電池の開発。自動車産業では、電気自動車、水素自動車の開発状況が企業のこれからの死活問題になるでしょう。最近は海洋プラスチックが問題視されていますので、代替プラスチックやバイオプラスチックの開発が進んでいる企業は、優位になると思います。さらに、生物多様性の維持も重要なファクターのひとつです。現在、農薬の使用や気候変動などによる環境悪化により、生物多様性が急速に失われつつあります。特に、虫の減少が心配されています。昆虫などが絶滅すれば植物の受粉の機会が失われて食料ができなくなり、ひいては食料危機が起きる可能性も出てきます。こうした問題の解決につながるビジネスができれば、大きく成長する可能性があります。
 現在の社会問題のなかでも、強制労働や児童労働などは世界全体に共通する課題です。企業のサプライチェーン、原材料の供給網において、強制労働や児童労働が発覚すれば、企業批判につながるだけでなく、ビジネスモデルそのものが崩壊してしまうリスクもはらんでいます。昨今はコロナ禍によって在宅勤務が進みましたが、これからは労働者の働き方改革に資する企業も高く評価されると思います。
 同時に、雇用の維持や貧困、経済格差への対応も、直近の課題として注目されています。この問題については、すぐにビジネス機会の創出につなげることは難しいですが、まずは負の外部要因を減らしていくことが重要です。これまで、世界全体で中間層がどんどん縮小し、購買力が減少することで、企業の長期的な収益力が損なわれてきました。経済社会全体として、中間層を維持することは、結果的に私たちを豊かにするでしょう。
 しかし、個々の企業が単に目先の市場の論理で競争すると、どうしてもコスト削減に向かって、結果的に全体が貧しくなるということになりかねないので、今後は社会全体を豊かにする雇用のあり方を考えることが重要な課題になってくるのではないでしょうか。


ESGに積極的な企業を見極めるポイント
 これまでESG投資は、GPIFなどの機関投資家が中心に行っていました。個人投資家が個別に銘柄を選ぶという形ではまだまだ広がっておらず、敷居が高いことも事実です。ESG関連の情報を吟味するためには、個人投資家がESG課題に関するリテラシーを高めていくことが必要ですが、ESGの範囲は非常に広く、明確な選別基準があるわけでもないため、投資判断が難しい面もあるでしょう。
 しかし、企業側も統合報告書や、サステナビリティレポートなどを通して、ESG情報を積極的に開示するようになってきています。さらに、ESG投資が拡大したことで、アナリストなども企業の業績情報とともに、ESGの情報を加えるようになってきました。日本に比べてESG投資の歴史が長い欧米では、英国のFTSE*やCDP**、米国のMSCI***といった組織が、自らの基準に則ってESGの観点から企業を評価したランキングを作成しています。彼らは日本企業も対象にしていますし、サイトを通じてESG情報の発信を積極的に行う企業も増えつつあります。
 その際、EとSの情報だけでなく、興味のある企業のG、すなわちガバナンスがどのように機能しているのかを確認しておくことも大切です。EやSの要素にどのように取り組むかを決めるのが、ガバナンスの役割ですから、ガバナンスがきちんと機能していないと、ESGに資する企業活動は難しくなるからです。
 ESG投資においては、決算短信や有価証券報告書によって個別企業の財務分析を行うだけでなく、ESGのリスクやビジネス機会の可能性を投資判断に組み込んでいくことが重要です。これは「インテグレーション」と呼ばれる手法であり、多くの投資家は多かれ少なかれ企業を分析する際に、すでにESG情報を組み込んで投資判断を行ってきました。例えば、自動車会社に投資する時に、電気自動車のことをまったく考えない人はいないはずです。つまり、ESGに関連するわかりやすいビジネスリスクやチャンスについては、今までも考慮してきた個人投資家は多かったということです。そこからどの程度範囲を広げて、今後の投資アイデアにつなげることができるのかどうかが、ESGのリテラシーの部分といえるでしょう。
 これまでも投資銘柄を選ぶ際には、成長重視でいくのか、バリューでいくのかといった判断をしたでしょうし、ROEやROAなどの基準も考えたと思います。ESG投資の基準もこうした判断の延長線上にあるといってもいいかもしれません。ただ、ESGに関するリテラシーがないと銘柄を選ぶことができないため、環境や社会におけるさまざまな問題に関心を持ち、将来をきちんと予測できるかが、ESG投資において投資先を選ぶ大きなポイントとなります。

ロンドン証券取引所グループの合併会社 
**気候変動など環境分野に取り組む国際NGO
***MSCI(モルガン・スタンレー・キャピタル・インターナショナル)


ESG投資は、社会にどのようなインパクトを与えるのか?

 ESG投資が根付いた社会とはどんな社会でしょうか。それは、社会のさまざまな問題が次々に提起され、投資家の評価に反映されることによって企業行動に変化をもたらすダイナミックな社会です。そのためには、ESG投資について理解のある投資家と、意欲的な企業が必要です。そして、問題をきちんと見出すNGOや、地域の人々、ソーシャル・ベンチャーといった、問題提起をする人たちの活動が活発でなければなりません。真にサステナブルな社会とは、そのようなメカニズムを通して、常にサステナブルな方向へと進み続ける動的な社会なのだと思います。
 今、社会は大きな分かれ道に来ています。ESG投資や企業のSDGsの取り組みが加速することで、環境や社会の問題を未然に解決することができれば、安定した社会で経済活動を続けることができるはずです。
 しかし、気候変動対策は立ち遅れていて、このままでは手遅れになるかもしれません。貧困や格差がますます拡大する未来もありえます。
 社会のないところに、投資活動はありません。経済のないところに、投資リターンもないのです。そのような未来を迎えないためにも、個人投資家も社会を良い方向に動かすよう、力を使うべき時ではないでしょうか。

水口 剛 Takeshi Mizuguchi
高崎経済大学経済学部経営学科教授
1984年、筑波大学卒業、ニチメン入社。英和監査法人、TAC勤務を経て97年4月、高崎経済大学経済学部講師。2000年4月、同准教授。2008年4月より現職。主な著書に『ESG投資―新しい資本主義のかたち』『責任ある投資―資金の流れで未来を変える』など。